しょうてん



泰山刻石」(たいざんこくせき)


琅や台刻石」(ろうやだいこくせき)

ちょっと見えにくいですね。そりゃぁ2000年以上前のものですもの。
「や」はインターネットに対応していない字のようです。
王ヘンに邪馬台国の「邪」という字です。

これはおよそ紀元前200年の中国のお話・・・

秦といえば・・・・あの「秦の始皇帝」ですよね。
周の終わり頃には、国がバラバラで100以上の小国があったと言われています。

でも戦っていくうちに100あった国も7つに減りました。
その7つの内の1つが「秦」だったというわけです。
秦は地勢に恵まれたのか、この戦いで優勝しました!おめでとう!

その時の王様が「秦の始皇帝」です。
始皇帝は国をまとめただけでなく、いろぉんな事を統一したのです。
いわゆる「度量衡の統一」ですね。車輪のサイズまで統一しました。

そこでやっと字の話。
書体まで統一しました。その時の書体が「小篆(しょうてん)」と言われています。
それまでは字も書体もバラバラだったんですね。
書道の歴史において秦の始皇帝のやったことはかなり重要なことですね。

秦の始皇帝によって統一されてからわずか15年で始皇帝が死んでしまいました。
ハリキリ過ぎたんでしょうね。

・・・でその偉大なる王様がいなくなっですぐに「秦」は崩壊しました・・

秦の始皇帝は、その権威を見せつけるために各地を回ったことで有名です。
「この俺様が始皇帝だ。フッフッフ」なんて威張って巡回したんでしょうね。

その時に各地で碑(石に字を刻んだもの)を残していきました。本当に始皇帝の字がどうかはわからないけども、その当時の「小篆」というものがどんな感じかわかります。

その時の碑を2つ紹介します。