「 書の芸術性2  」

おそらく日本において
「書は芸術たるか」のような議論は
各地で数多く議論されてきたと思います。

実際、芸術として認めてもらうために、
昭和初期の書家の方々は、
ものすごいエネルギーで活動されました。

芸術とは何か。

これは永遠の問いであると思うのですが、
私は、一つの側面として、人間の本質を表現し、
日々、雑音の中で生きている人間の、
奥にあるピュアな部分を刺激するものだと思っています。

そういう意味で、
書を芸術としてとらえるかどうかというのは、
書そのものとしてではなく、
書を書いてる人の意思や情熱によって決まってくると思われます。

そこには絶対なる「個」が必要になってきます。

「お手本の通りに書かないと」
「こうやったら認められないかな」
「どうやったら褒められるかな」
「書き順はどうだったかな」

などと考えるうちはまだ、「個」ではありません。

これらが悪いと言ってるわけではありません。
芸術性の話になった場合の話です。

ただ、お手本を模倣するだけの、
ただ、先生の言うことを守るだけの、
ただ、形だけにとらわれるだけの、
ただ、書道の歴史に縛られるだけの・・・

ただ、それだけでは、つまらない。

自分として生まれてきたわけだから、
自分として本当に表現したいことを
筆と墨を使って紙にぶつけたいと思いませんか?

ふー 変に熱くなってしまいそうだから
ここらへんで今日は終了します(^^ゞ


補足ですが、
歴史も先生もお手本もルールもとっても大切なものです。

ただ、それに縛られないように。



※メルマガ「簡単おもしろ書の歴史」より抜粋。
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タイトル:【 「書」を書く愉しみ 】 光文社新書より



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