日本での習字の歴史

中国から漢字が伝わってからというもの、その時代から字を習う習慣はありました。
がしかし、第二次世界大戦終戦後、連合国軍により、大きな教育改革が行なわれました。
なんとその時に習字そのものを否定したのです。

実用主義という考えをもった連合国軍は、「芸術の書」は認めず、小学校から毛筆の授業を廃止しました。
中学高校でも習字の授業が一気に減りました。

明治以降国民の主要教科の1つとして重要な役割を果たしていた「習字」は、一度終わりを告げました。

もちろんその後、偉大なる書道家の賞賛すべき積極的活動により習字は復活し、また「書」そのものも芸術として全国的に認知されるようになりました。書が芸術として認められるのには相当の苦労があったのです。
(まだまだな部分がたくさんありますが)

その「書」にまた危機が訪れました。それが今なのです。書道人口は、毎年減少し続けています。

その原因としては、現代人を取り巻く環境も考えれるし、大きな原因の一つにはパソコンの普及があると思います。

大学、社会人とコンピュータに深く関わってきた私はとくにITというものを批判することはないのですが
それにより書が衰退していくことにはとても懸念しています。


IT革命は確かに便利さを与えてくれます。短縮された時間の余り分は他のことに回せますが、短縮してはいけないものもあるでしょう。

その1つが「書くこと」だと思います。
なぜかと申しますと、人間、、、特に日本人という民族は、書いてコミュニケーションをとってきた歴史があります。
書くことにより、様々な表現をし、相手に伝えコミュニケーションを図ってきました。


もともと日本人は自分を表現することが苦手な人種です。その日本人が書くことをやめてしまうことは
ますますコミュニケーション能力が下がることを意味します。

2002年から変わる教育指導要領によって書道の存在がどうなるかは非常に興味深いところです。
日本の文化にどれだけ「書」が貢献してきたかが理解できれば、自然と盛り上がるはずですがなかなか難しいでしょう・・・
ただ、ITというものが進めば進むほど、矛盾を感じ、また初心に戻ろうという動きも同じエネルギー分だけ働くことでしょう。実際に手書き文字というものは世の中に増えてきていますよね。

これから 書はどのような方向に向かうのでしょう。
私はまったく新しい書の在り方が生まれるような気がしてなりません。


習字教室のこれから

習字教室もしくは書道教室といわれるものに通う生徒さんは、
必ずしも字がうまくなりたいという人ばかりではありません。

親に強制されて通ってくる小学生もいれば、
落ち着きを取り戻したい人、
集中力を高めたい人
昔なつかしい感じを思い出したい人・・

また、残念ながら書道人口は急激に減ってきています。
毎年何万人と減っているとも聞きました。

なくなることはないと思いますが、危機感は持つべきだと思います。
私のような若い書道家としての役割としては
世間に対して 書の楽しさを行動力を持って伝えるということがあると思っています。
情熱を持ち続けてぶつけていく。

まだ具体論は出せませんがとにかく少しずつやっていくしかありません。
今はインターネットという便利な道具があります。
全国だけでなく全世界の人々とリアルタイムでコミュニケーションをとることが可能な時代です。
そういったツールを有効活用することでもっと、もっと書道を活性化することができると思います。

また、書以外のジャンルとの交流やコラボレーションが必要になってくるでしょう

書道をやることによってどんなメリットがあるのか、
なぜ書道が今まで存在しつづけてきたのか・・
そんなことをもっと議論していかなければならないと思います。



※メルマガ「簡単おもしろ書の歴史」より抜粋。
メルマガのお申込はこちら


タイトル:【 「書」を書く愉しみ 】 光文社新書より



トップに戻る