沈周(しんしゅう)
「行書化鬚疏巻(ぎょうしょかしゅそかん)
とても美しい行楷書である。明の代表的文人。


文徴明(ぶんちょうめい)
「行草書西苑詩巻(ぎょうそうしょせいえんしかん)

56歳の時に詩を書き、85歳の時に書作品とする。



董其昌(とうきしょう)
「草書杜甫七言律詩冊」

杜甫の律詩を書いた作品。見開きが12あって、
それぞれのページに2行づつ書き、
最後に其昌の款記がある。



前回はモンゴル人が支配した「元」でした。
元は、
・蒙古至上主義であったため市民に反感をかってしまったこと。
・王位継承問題で内部抗争が起こり地盤が揺るんだこと。

そこをついて14世紀中ごろに「紅巾の賊」の反乱が起こり、
それがきっかけで市民(漢民族)は、元に対する不満を一気に爆発させ、
そんなおり、洪武帝(こうぶてい)が即位し、元を倒しました。

再び漢民族による支配が始まりました。
文化の面も非常に充実し、格調高い王朝を築き上げました。

みなさんも「明朝体」って聞いたことありますよね。
明の時代の文字を誰かが勝手に統一し、1つの書体にしたんでしょうね。
いまではゴシック体と並ぶ最もポピュラーな書体です。

そういえば、どっかの年賀状ソフトについてくる書体に
「顔真卿書体」っていうのがありました。
どこが顔真卿やねん!と突っ込みを入れたくなる書体でした。。。

明は伝統文化を重んじる王朝で、皇族(お偉いさん方)はみーんな字が上手かったそうです。
だから一般人にも自然と書が注目され、文房具等のビジネスも盛んになりました。

書体の流れとしては、初期は復古主義(昔を重んじる)で主に草書が流行。
中期には、「文徴明(ぶんちょうめい)」に代表されるように
「宋人」の生き方に憧れ平明軽快な書風で溢れてました。
これこそ明朝らしき格調高い書であると言えるでしょう。

その後明は北東地域から立ち上がった「清」に攻められ、沈むことになる・・・
明王朝では書体は主に楷書、行書、草書の3書体でした。
隷書、篆書はほとんど見られません。




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タイトル:【 「書」を書く愉しみ 】 光文社新書より



      

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