「 王羲之ブランド 」彼の技術と人間性と時代について書きましたが、 今回は作品全体に視点を持っていこうと思います。 書の歴史において王羲之ほど、書作品が歴史に残った人物はいません。 みんなが知る「蘭亭序」を代表として、 「集字聖教序」「十七帖」「瞻近・漢時帖(せんきん・かんじじょう)」 「遊目帖(ゆうもくじょう)」「澄清堂帖」「万歳通天進帖」 「喪乱(そうらん)帖」「孔侍中(こうじちゅう)帖」 などなど、 たくさんの作品が歴史に耐え残りました。 直筆が残っていないのが残念ですね(>_<) 車業界で言うとトヨタみたいなもんで、 出す車みんな売れていくみたいない感じでしょうか。 これだけの作品を世に発表して 受け入れられた原因を考えて見ましょう。 第一に王羲之ブランドが確立されたということ。 権力者がこぞって欲しがったということが、 ブランド力を一層強くしたことでしょう。 ブランドが確立されるとファンが増えます。 ファンが作品の存在をあぶりだし、繋ぎ続けます。 そして、第二に、すべての作品のレベルが高いということ。 レベルが高いというのは色んな意味がありますが、 彼は何より研究熱心でした。 過去の書をひたすら集めて技術として吸収しました。 そういう意味でも正統性としてのレベルと、 彼の人間性、思想の深さがクロスして、 ものすごいパワーを発揮していったのでしょう。 第三に彼の生きた時代があります。 ちょうど楷書体まで5書体が全部そろった時代。 彼が研究しまくって書いた作品は、 単なる美しさだけじゃなく、 文字全体の流れの中で最も影響力のある存在になったこと。 主にこの三点が考えられます。 発表する作品が次々と後世まで 影響を与えるということは本当にすごいことですよね(^^) 書を勉強している人にとって、 王羲之の存在は貴重なものだと思います。 技術だけじゃない部分も学びたいものです。 ※メルマガ「簡単おもしろ書の歴史」より抜粋。 メルマガ(まぐまぐ無料)のお申込はこちら。
タイトル:【 「書」を書く愉しみ 】 光文社新書より トップに戻る |