「 王羲之の技術ばなし 」王羲之の人間としての素晴らしさをご説明しましたが、 技術の話について話そうと思います。 と言いましたが、技術の話を、 このメルマガでの文章量で説明するのは無理です(笑) というか、例えば生徒さんに筆法を教えるときに、 言葉で伝えるのは難しいというか無理です。 「ここをフワァっと」とか「もっと優しく」「そこもっとスススーッ」 など余計にわからなくなるかもしれない擬音になってしまいます(^^ゞ 書いたものを観てもらうのが一番です。 技術について、別の角度から進めてみます。 世界でトップクラスと認められている料理人や、 パティシエ、職人の方々と話す機会があるのですが、 「技術は実は深いところにいけばいくほど曖昧である」 という共通認識がありました。 確かに王羲之が技術が優れていることは、時が証明しました。 しかし、本当のところはよくわからないというのが本当だと思います。 というより、わかる人とわからない人がいます。 わからないというのは初心者という意味ではなくて、 技術を持っている人でも「わからない」ということが出てきます。 100人お客さんがいて全員が満足する料理は存在しません。 料理だけでなく、どの世界でも同じでしょう。 人の価値観は多様。つまり、「絶対技術」は存在しない。 その技術が磨かれて磨かれて研ぎ澄まされた時、 確かに、人を感動させるでしょう。 しかし、全員をそうさせるのは不可能です。 結局は好き嫌いとか時代の流れとか、 様々な要素が絡み合って人に伝染していったものが、 絶対的な「技術」として「認識」されることになるのです。 (本当の意味で「絶対」というのはありえない) でも勘違いしてはいけないのが、 技術はとても大切だということ。 技術が大切というより、 「技術を磨いていく過程」に価値があると思います。 そして、技術にも色んな角度があります。 ・自分の思い通りの線が書けるように100%に近づく技術 ・観る技術 ・臨書の技術 ・相手の要望を取り入れる技術 ・人を喜ばせる技術 ・人を感動させる技術 ・人に伝える技術 等々 書道をやっていく上で、 みなさんは今どの技術を磨いていますか? ちなみに、僕は一生かけて、上記のすべてを自分のペースで 自分の価値観を信じて日々磨いていきたいと思っています。 ※メルマガ「簡単おもしろ書の歴史」より抜粋。 メルマガのお申込はこちら。
タイトル:【 「書」を書く愉しみ 】 光文社新書より トップに戻る |