「 王羲之のすごさ2 」王羲之と言えば、みなさんもご存知の「蘭亭序」 これを臨書したことがない人は少ないと思いますが、 どんな内容が書かれているかは知らない人が意外に多い。 専門家はどうしてもテクニック論ばかりが先行します。 どの資料がより本物に近いのか(本物は現存しないと言われています) どんな筆法で書かれてどんな筆で書かれていたのか。 どんなリズムで書かれたのか。 ここら辺に関しては、今まで長年、多くの人が研究を続けています。 素晴らしいことですしありがたいことです。 ここで、蘭亭序の現代語訳をちょっとご紹介しましょう ※参考:半切臨書手本など (二玄社さんって本当にすごい出版社だと思います(^^)) 「仰いでは宇宙の広大なることに思いをめぐらし、 俯しては万物の盛んなることを細かにみて、 思うがままに目を遊ばせ心を解き放った」 「ましてや生命の長短は万物の変化に従い、 ついには尽きるものであることは約束されているのである。 古人も、「死生もまた人生の一大事である」と言っているが、 まことに痛ましいことではないか。昔人の感懐を もよおした理由と言うのを見ていると、 どれも割苻を合わせたように一致している。」 これはほんの一部なのですが、 蘭亭で行われた地味な酒の会の中で、 宇宙や細胞にまで意識を向けて 世の中を憂いたり、愛でたりしていきます。 そんな中で人々の心情を美しく謳いあげ、 過去と未来の人々にまで想いをめぐらせています。 これを酔っ払って即興で書いたと言う伝説が残っています。 しかも一発目のものが後世に伝わったと。 これだけ感受性が豊かで、 想像力が優れた人はなかなかいません。 ずばり言います。 王羲之が伝説になった理由は、 この「人間力」のみです。 では技術は関係ない? 次回、ここらへんについて書きたいと思います。 ※メルマガ「簡単おもしろ書の歴史」より抜粋。 メルマガのお申込はこちら。
タイトル:【 「書」を書く愉しみ 】 光文社新書より トップに戻る |