光定戒牒
(こうじょうかいじょう)

日本三筆最後の1人、嵯峨天皇にせまります。

嵯峨天皇は桓武天皇の2人目の息子です。
幼い頃から学問を好み、漢詩や書道に興味をもっていました。

奈良時代の書は単なる中国のモノマネだという人も少なくないのですが
和歌はとても盛んでした。
しかし遣唐使などの影響で和歌は一時衰退し、変わりに漢詩文が盛んになりました。

その中で日本三筆の書は日本的な要素が含まれています。
やはり三筆と言われるだけあって中国の模倣をしているだけの書に疑問を感じたのでしょう。
いつの時代にも改革を行なう人はいるものです。小泉新内閣に期待するとしましょう。

この3人の影響も大きかったのか、遣唐使は廃止されることとなり
文化全般において日本独自の文化が盛り返しました。
アメリカに影響されている昨今の日本も近いうちに日本文化が復活するでしょうね。

話は変わりますが先日、「日本文化を語る会」というのに参加してきました。
参加してみるとみなさん若い人ばかり。日本もまだ捨てたもんじゃないなと安心しました。
若手とベテランが組んで日本文化を盛上げる時期が来たのだと確信しました。
ただのブームでは終わりそうにありません。
この活動は随時お知らせしていこうと思います。

話を戻します。嵯峨天皇は中国の欧太詢(おうようじゅん)を学びました。
http://www.fudemojiya.com/syo/zuitou.htm

その後空海が中国から持ち帰った新しい書法を学び、
「光定戒牒(こうじょうかいじょう)」を書き上げました。


行書と楷書を交えながら力強い中にも日本的な柔らかさが出ている作品だと思います。
私もとても好きな作品です。


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タイトル:【 「書」を書く愉しみ 】 光文社新書より


      

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